ホーム>スタッフブログ>スタッフの日記>南三陸町への旅
スタッフの日記

南三陸町への旅

家族四人で、3月27日28日、南三陸町へ行ってきましたbullettrain



夫が、今しかない、娘と息子に見せたい、旅行に行けば、支援にもなる、と言い出しましたが、
子供たちは、「行きたくない、見たくない、怖い」

 

南三陸1.jpg


 

 

 



とにかく行こうsign01

 

 

 

仙台から、ホテルのバスに乗り約二時間、南三陸町へbusdash

 

 

南三陸2.jpg南三陸3.jpg

 

 

 

 

 

 

 


ホテルに近づくに連れ、津波の跡が、
家の流された跡が続く

 

 

 

南三陸4.jpg

部屋の窓からは、カモメとのどかな海



 

夕飯は、海の幸、幸、幸、海の恵み、
美味しい!

 


海に流された人たちがいる、今こうして、食事をしている私たちがいる。

 



次の朝、語り部バスで、町を回る

 

南三陸5.jpg南三陸6.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テルで働いている語り部の渡辺さん

 

 



地震の四ヶ月前に、奥さんと赤ちゃんと引越してきて、



3.11、ホテルに勤務中に、地震。お客様や避難して来た人の対応に追われ、3日後、やっと抜け出し、家を見に行く。跡形もなく、避難所の小学校へ。奥さんの名前なく、避難所にいる一人一人に、奥さんと赤ちゃんのことを尋ねてまわり、もしかしたら、中学校の校長室にいるかもしれないという情報を得て、急いで向かう。校長室に、一人座っている女の人の後ろ姿を見つけ、思わず、奥さんの名前を叫ぶ、無事に会えて、振り向いて奥さんは、大泣き。

 

南三陸7.jpg                防災対策庁舎の前で合掌


最後まで、津波の放送を続け、皆を助けた。屋上の二メートル上まで、津波が押し寄せ、手すりに捕まったり、非常階段にぶつかった八名だけが助かった。この庁舎、六ヶ月後には、取り壊される。

 

 

南三陸8.jpg



 

 

 

 

ホテルの結婚式場
当時、320名の老人が、集まっていた。従業員の誘導で、屋上に上がり、全員無事に助かった。この建物は、津波の被害を忘れないため、ホテルが残すことに決める。

 

 

 

 

 

南三陸9.jpgのサムネール画像

戸倉小学校跡
津波の二日前に、大きな地震があり、職員会議で、避難所を屋上から、近くの高台に変更。津波前日、避難訓練を行い、実際に、生徒と先生で、高台の場所確認する。その的確な判断のおかげで、当日、津波を逃れ、全員無事に助かる。

 

 

南三陸10.jpgのサムネール画像のサムネール画像



最後に、渡辺さんから、伝えたいこと

 



とにかく、たくさんの人に、来て欲しいsign01今の現状がわからなくならないうちに実際に見て欲しいsign01そしてお金を使うことが、生活の助けとなる。

見たこと、感じたことを帰って回りの人に伝えて欲しい。



 

津波てんでんこ

 


逃げる時は、てんでに逃げる。まずは、自分の命を守ることが大切。



日頃から、いざという時、何処ににげるか、家族と話し合っておくとよい。



職場での避難訓練は、とても役立った。



渡辺さん一家は、今も仮設住宅で、暮らしていますが、二番目のお子様に恵まれ、毎日、家族をそして、人とのつながりを以前より大切に暮していらっしゃるとのことでした。

 



荒れた土地を見ていて、今回は、行けない陸前高田を思い出していました。

 



だからでしょうかsign02


スタジオの忘年会に陸前高田からいらしてお話しして下さった、ちあきさん
に、一ノ関の駅の連絡通路で、ばったり会いました!お元気そうで、よかったですheart04

 



その後、平泉に寄って、東北の人々の平安をお祈りして帰りましたconfident

 

南三陸11.jpg南三陸12.jpg南三陸13.jpg

                                          あおき
 

ページ上部へ